「身体を描く」「からだで描く」
今回の天然素描ワークショップは、三浦秀彦さんからの、そのような「呼びかけ」から始まりました。
「普段、自分の身体って“こんなサイズだな”って、わかっているつもりだけれども、平面にしてみると不思議なんですよね。しかも重ねると、また違った形が生まれるんです。」
そんな言葉に導かれ、子どもたちは、手や足、耳や背中、影を使って、身体で描く行為に没入していきました。描かれたのは線だけではなく、動きや重なり、存在の痕跡。予想と予測を超えて、身体と空間が絵になるプロジェクトが始まりました。

からだの輪郭を描く
最初に行われたのは、身体の「輪郭をなぞる」こと。手を広げ、寝転び、足を描く。普段は無意識にしている身体の動きや大きさを、改めて視覚的にとらえ直す時間になりました。
参加者たちは、床や壁一面に敷かれたダンボールに、互いの身体をなぞり、重ね合いながら描いていきます。誰の線なのか、どうやって描かれたのか。単なる個の表現ではなく、集団的な身体の記録が積層されていく過程は、絵というよりも「場」が描かれていくようでした。

さらに、足跡や手形を墨汁で写したり、耳をなぞってみたりと、「転写する」「白抜きする」といった“身体そのものを描く”行為が自然に広がっていきます。
印象的だったのは、「描く」だけではなく、「触れる」「匂いを感じる」「身体をみる」といった、感覚がひらかれていく瞬間が随所にあったことです。子どもたちは自由に自らの発想で加わり、全体が一つの大きな即興絵画装置と化していきました。

ズレと重なりが生む「かたち」
次第に輪郭は幾層にも重なり合い、誰のものでもない新しい形が浮かび上がってきます。
「重ねて描いたら意外な線が出てきた」
「影だけでも、その人が浮かび上がってくる気がする」

そんな声が飛び交いながら、制作は進みました。
「がんばって描いた線」ではなく、「がんばってない痕跡」が面白い。三浦さんのそんなコメントが、場に柔らかな視点をと安心をもたらしていきます。
光の角度や素材の違いも取り入れながら、描かれる身体は“実体”から飛躍して、動きの記憶や感覚の余韻として空間に漂いはじめます。もはや一人ひとりの表現を超え、「場全体で描かれていく」ドローイングが生まれていたのです。

描くことは、見ること
終盤は、描かれた形や痕跡を見つめ直し、互いに語り合う時間へ。
見る・描く・感じることが入り混じりながら
「これは誰の手?」
「この線どうやってできたの?」

といった問いが自然に交わされます。
一人ひとりの身体が残した痕跡が、まるで記憶や物語の断片のように立ち上がってくる。そしてそれらが織り重なって、ある種の集合的な“肖像”になっていく。その過程に、多くの参加者が驚きと喜びを感じていたようでした。
関係性を問い直す
ワークショップの終わりは、三浦さんと参加者による対話の時間。そこではこんな言葉が交わされました。

「描くことで、初めて“見える”ようになる」
「正解のある学びではなく、“正解のない問い”と向き合う体験だった」
「プロセスを楽しむことが“創造”につながる」
「イメージが先ではなく、“現実に触れてからイメージが育つ”」
描くという行為は、単なるアウトプットではなく、自分の中にある感覚や問いと向き合うための通路なのかもしれません。そこには、自分自身や他者、世界との関係を丁寧に見つめ直す契機が含まれていました。

見る・描く・出会うをつなぐもの
天然素描プロジェクトは、「描くこと」を通して、「見る力」や「感じる力」、さらには「創造する力」につながる体験をもたらしました。
ここで描かれたものは、紙の上の図像にとどまらず、参加者一人ひとりの身体と心に刻まれた痕跡として残っていくことでしょう。
これからも、「描くこと」をきっかけに世界と出会い直す、そんな場がさまざまに広がっていくことを願っています。

ダンボール協力 株式会社アスパックス

